2020年の寝台特急【35年でこう変わった】【寝台特急の歴史】

 ずっと前の記事で1985年の寝台特急についてまとめました。そして1993年の寝台特急についてもまとめようかなと思ったのですが、種類が多く、大変なので諦めました笑。正直知らない列車はWikipediaなどで調べればすぐに出てくるのでまとめる意味もないかなとも思います。そこで今回は1985年から現在までの寝台の変遷を紹介したいと思います。

(※およそ5年ごとに抜粋したものであり、あくまでその年時点の路線網を表しています。その年に一気に廃止されたのではなくその約5年の間に廃止されたということを示しています。)

 1985年3月

 

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 1985年はこんな感じでした。東西を結ぶ列車が多いですね。まだ青函トンネルが完成していなかったため、北方面の最北は青森駅でした。詳しくは以下の記事を参照してください。

triplab.hatenablog.com

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1993年3月

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専用色のEF510形500番台が 牽引する寝台特急「北斗星」 (2010年9月12日 栗橋 - 東鷲宮間)
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 1993年になると青函トンネルが完成したため、札幌行きが登場するようになりました。また寝台特急の運行本数も35年の中ではこの時期がピークだったと思います。路線図の中の破線は臨時列車を表しています。南は鹿児島、北は札幌・トマムと広大な路線網が引かれていたということが分かります。

2000年3月

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カシオペア

 続いて2000年です。色々な路線で、運行短縮や廃止がありましたが、まだ寝台特急の本数も多いです。そして1998年に運行を開始し、現在も運行されているサンライズ出雲・瀬戸があります。オレンジ色の破線は下関まで運行されていた「サンライズゆめ」です。この当時は東京ー出雲市間にサンライズ出雲(伯備線経由)と出雲(山陰線経由)の2本が運行されていました。また豪華列車の先駆けともいえるカシオペア号が1999年から運行が開始されています。

2005年3月

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 2005年になるとだいぶ路線網がスカスカになってきました。筆者が子ども頃に読んだ鉄道図鑑のような本にはこの辺の路線網が書かれていたと思います。逆に言うとこの年よりも後の時代しか知りません。2000年と到着地などはあまり変わらず、同じ区間を走る列車が廃止されたという状況です。

2010年3月

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 2010年になると岡山以西に向かう寝台特急は完全に消滅します(※2010年に一気に廃止されたのではなく、2005~2010年に廃止されたということです)。西に向かう列車はサンライズ出雲・瀬戸のみです。北に向かう列車はまだ残っています。

2015年3月

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 2015年になるともうスカスカです。大阪発着の寝台特急は無くなり、北斗星も臨時列車化しました。臨時北斗星も確か2015年の8月ごろに廃止されたと思います。サンライズ瀬戸が琴平延長をはじめています。2016年に北海道新幹線が開業したため、カシオペア号もその年に廃止されました。

2020年5月~

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サンライズ出雲

  そして2020年です。サンライズ出雲・瀬戸はご存知のように運行されています。もう運行から20年以上経っていますが、まだ運行し続けそうです。そしてコロナの影響で運転開始が延期されていた「WEST EXPRESS 銀河」が先月から運転開始しました。久しぶりの関西圏発着の寝台特急です。今はコロナの影響により旅行会社のパッケージ商品ですが、いずれ券売機・窓口で簡単に買うことができる列車になるでしょう。また昼行便として大阪ー下関を結ぶことも決定していますのでそれも楽しみですね。

 昨今は豪華クルーズトレインというものが流行っていますが、あれは寝台特急とは少し違うと思うので今回は除外しました。

 

なぜ寝台特急は衰退したのか

 最後になぜ寝台特急がこれだけ廃止されたのかということを説明します。まずは新幹線、そして飛行機の航空路線の発展です。速さでは飛行機には勝てません。寝台特急で夕方に出て翌朝(昼)に着くとすると、例えば、寝台特急の出発時刻後の新幹線・飛行機に乗ったほうがその日中に到着できる、あるいは寝台特急出発の翌朝に新幹線・飛行機に乗っても寝台特急より早く到着できる、という話になっては寝台特急の移動は非効率です。次に夜行バスの進化です。鉄道に比べ運賃が安く、同じ時間(夜間)に移動できるならばなるべく安く、という意見も分からなくはありません。そして最大の問題は儲からないということです。寝台1つで普通の座席の6席分くらいありますから、どう考えても元が取れないのです。また乗務員の確保という問題もあります。

 サンライズ号が存続している背景には下りの場合、東京を22時に出ても岡山や高松、(乗り換えて)博多にも最速で着く(博多は翌朝の飛行機でも追いつけるかもしれないが)という利便性もあると思います。上りの場合もその逆が言え、さらに大阪からの需要もあります。こういうことから出雲や高松への観光需要に加え、ビジネス需要も取り込めているのではないかと思います。(それでも採算が取れているのかは不明)

 

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